ライオンのおやつ

タイトル:ライオンのおやつ

著 者 :小川糸

 

【あらすじ】

余命を告げられた雫は、残りの日々を瀬戸内の島のホスピスで過ごすことに決めた。

そこでは毎週日曜日、入居者がもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があった―(単行本カバーより)

幼い頃から自分よりも相手を気遣う「本当にいい子」だった私。だが、ここではもう無理はやめよう。ホスピス仲間のアワトリス氏やマスター、葡萄畑で出会ったタヒチ君、「ライオンの家」代表のマドンナ、そして白くてふわふわの愛しい六花。悲しみも幸せも内包する自分の心と向き合いながら、ゆっくりと最期の日々が過ぎていく。

 

【感想】★★☆☆☆

個人的な経験と結びついてしまうので、正当な評価ではないかもしれません。全体的に美しく穏やかな小説だけれど、心の深くには届かなかった、というのが感想です。

それでも前半1/3は琴線に触れるものがあり、何度も涙と鼻水を拭いながら読み進めました。癌のため33歳にして人生の終わりを悟る主人公・雫が、最期の場所として訪れる瀬戸内の島、通称「レモン島」とそこに建つホスピス「ライオンの家」。ここの描写が良い。温暖な気候に青い空、視界のどこかに必ず見える海、そしてどれだけ吸い込んでも安全なおいしい空気。ライオンの家は美しく整えられ、自由に過ごすことが唯一のルールで、三百六十五日違うお粥で朝を迎える喜びをもたらしてくれる。こんな場所で、こんな人たちに囲まれて、安心して最期の時を過ごせたなら…と思います。

そして作品のタイトルにもなっているおやつ。正直、このおやつのエピソードは若干とってつけた感があるというか、小説のキャッチ―さを得るための作為を感じてしまって、入り込みきれませんでした。作中には雫自身のリクエストも含めて何度かおやつの時間が出てきますが、おやつとともに人生の節目となるエピソードが語られ、おやつを味わいつつその人の人生を想う、という流れはだいたい変わらず、なんだか一本調子というか。私の感覚が間違っているのかもしれませんが、ちょっと美しくまとまりすぎているように感じました。皆が皆、甘いものに思い入れがあるわけではないし、最後にもう一度食べたいものが激辛の蒙古タンメンの人だっていれば、コンビニで売ってるボンタンアメが無性に食べたい!という人もいるんじゃないでしょうか。これはちょっと屁理屈の言いがかりっぽいですけど、小説中の「いかにも」美しいエピソードに生身の人間らしさが薄いような気がして、残念でした。

主人公・雫の達観ぶりにも、あまりついていけませんでした。余命宣告された日、怒りが抑えられず大事なぬいぐるみを手あたり次第壁に投げつけたり、マドンナのセラピーを受け、抑え込んでいた「もっと生きたかった」という思いが溢れたり、感情の揺れを感じさせる描写もあるのですが、それがなんだか真に迫ってこない。自分の感情を抑え込む「いい子」だったというのは確かにその通りですが、こんな人ほんとにいるのかな、という印象をぬぐえません。

タヒチ君とのエピソードもしかりで、いかにも小説っぽい、ほのかな恋心の混じった交流なのですが、雫のほうはともかく、雫がホスピスの人間とわかっているタヒチ君がこんなに積極的に関わろうとしてくるものだろうか?雫がめちゃくちゃな美人で、一目見て心を奪われた、とかならともかく。差別的な意味ではなく、余命僅かとわかっている人に個人的に関わるのって、ものすごく心が消耗すると思うんですよね。これは想像でしかないけれど、終末医療に関わる人たちは優しくて親身ではあっても、ひとりひとりの内面奥深くまでは立ち入らないように、ある程度意図的な線引きをしているんじゃないかと思う。そうじゃないと心が持たないし、だからこそ何人もの患者さんを診ることができる。客観的な判断ができる。ライオンの家は医療機関ではないけれど、やはり同じようなものじゃないだろうか。とすると、そのライオンの家の近くで5年も前から葡萄畑をやっているタヒチ君の態度は現実感がないなあ…と。

最期の瞬間も、何度も繰り返し書いてしまいますが、必ずしも「美しい」ばかりが人間ではないと思う。段々立ち上がれなくなり、ふと目覚めてオムツをはいていることに気づく箇所もありましたが、さらっと受け止め(しかもその後手すりにすがりながらとは言え、歩いて隣の部屋へ)。だけど普通に考えたらその後、立てなくなったら水を飲むにもいちいちスタッフの手が必要になったり、オムツ交換してもらったり、モルヒネの作用で譫言を言うようにもなったかもしれない。そういう辛さとかやりきれなさも含めて、死ぬのって大変なんじゃないだろうか。どうしても、そういう現実的な苦しみを省いた表面的な感動描写に終始しているように感じられてしまいました。

今回は文句ばかりになってしまいましたが、数年後読んで感想が変わるということもあるかもしれません。本屋大賞ノミネート作でもあるし。またいつか読み返してみたいと思います。